大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和26年(ワ)4480号 判決

原告 了源寺

被告 鈴木彦助

一、主  文

被告は、原告に対し東京都台東区永住町九番地の弍宅地三十三坪三合二勺を引渡すこと。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、原告において金弍万円を供託するときは、かりに執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因をつぎのとおり述べた。

一、原告は、被告先代鈴木賢治に対し明治三十八年四月十五日に主文第一項に掲げる土地を、普通建物所有の目的で、期間を二十年と定めて賃貸したが、大正十四年五月一日みぎ契約を更新して、さらに、期間を同日から二十年と定めた。

二、前項の土地賃貸借関係は、原告と被告との間に承継され、被告は、同借地上に家屋を所有していたところ、該建物は、昭和十九年十二月三十一日戦災により焼失した。そうして被告は、その後みぎ借地を焼跡のままに放置して使用しなかつたので、前項に述べた賃借権は、昭和二十年四月三十日限り契約期間の満了により消滅した。

三、従つて被告は、既に前述土地を使用できる何等正当の権原を有しないのにかかわらず、罹災都市借地借家臨時処理法(以下、単に処理法という。)第十一条の規定により昭和二十一年九月十五日から十年間の借地権を有する旨を主張して、昭和二十五年九月頃から該土地を占拠するに至つた。

四、しかしながら、処理法第十一条の規定により借地権の存続期間が延長されるのは、同法施行の際に、現に罹災建物の敷地に残存期間十年未満の借地権のある場合に認められるのであり、また戦時罹災土地物件令(以下、単に物件令という。)第三条・同令附則第三項の規定によれば、同令施行前に罹災した建物については、同令施行の日に焼失したものとみなし、爾後その敷地の借地権の存続期間が停止される。よつて、被告主張の借地権は、その所有建物の滅失した昭和十九年十二月三十一日から、その存続期間の進行が停止されるのではなく、その後もなお進行を続けて、その契約期間である昭和二十年四月三十日に至り期間が満了して、消滅に帰したのである。すなわち、被告主張の借地権は、物件令施行前に消滅しているので同令による借地権の存続期間の進行が停止される余地はなく、従つてまた処理法第十一条の規定の適用される余地も存しないのであるから、被告が借地権の存続を主張するのは、理由がない。

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、つぎのとおり答えた。

原告の主張する請求原因事実を認める。しかし、被告の有する借地権は、昭和二十年四月三十日に期間満了により消滅したものではない。すなわち、被告が係争土地上に有した建物は、昭和十九年十二月三十一日に戦災により焼失したのであるから、みぎ借地権は、物件令第三条の規定により、地上物件焼失のときに遡つて、その存続期間の進行が停止され、その後昭和二十一年九月十五日から臨時処理法が施行されたとき、再びその進行を開始した。そうして、被告の有する借地権は、昭和十九年十二月三十一日当時において、なお、四ケ月の残存期間があり、爾後その進行を見ないのであるから、みぎ残存期間は、臨時処理法施行のときに持ち越され、従つて、同法第十一条の規定により、いまなお、その有効期間内にあるわけである。

三、理  由

原告の主張する事実関係については、当事者間に争を見ない。

さて、物件令第三条第一項の規定は、「罹災土地ニ付存スル借地権ノ存続期間ハ、建物ノ滅失シタル時ヨリ其ノ進行ヲ停止」する旨規定するけれども、また同令附則第三項の規定により、同令施行前に建物が滅失した場合において、みぎ第三条第一項の規定を適用するについては、同令施行の昭和二十年七月十二日午前零時をもつて建物の滅失したときとみなされる。すなわち、みぎ第三条の規定は建物の滅失したときに、その敷地に存する借地権が現に有効期間内にあることを前提として、そのとき以後における期間の進行を停止する旨を定めたものであるから、この趣旨を建物が同令施行前に滅失した場合に適用するについても、前示附則第三項の規定によりその現実の滅失の時期いかんにかかわらず、昭和二十年七月十二日午前零時現在において、借地権が有効期間内にあることを要件とし、期間の満了その他の理由によつて、これに先だつて、既に借地権が消滅している場合には、同令第三条第一項の規定を適用する前提を欠くこととなるのである。蓋し、第三条第一項の規定は、附則第三項の規定により遡及効を認められても、それは、借地権の行使並びに、地代又は借賃の発生を止める関係上、借地権の存続期間の進行を停止することに意味が存するのであつて、そのことは、法施行後におけるそれについてのみ効果を期待できることであるから、こうした目的のために建物滅失の時を法施行時に擬制したものに過ぎない。若し、これに反して、第三条第一項の規定に漫然遡及効が与えられたとすれば、同条第二項の関係ばかりでなく、第四条第一項及び第四項、第六条、第十八条第一項の関係においても、令施行前に既に発生したことの予測される権利関係に牴触するか、又は遡及の意義を没却する結果に陥るのであるから、附則第三項の規定の趣旨は、この不都合を避けるために所要の修飾を加えて遡及を規定したものであり、それ以上に、令施行時前既に滅失した借地権を蘇生させ、乃至は、借地法第四条及び第六条の規定の外にさらに借地権の設定を擬制するのでないことは、文理上からも明かである。

いま、これを本件についてみるに、被告が有すと主張する借地権は、本来昭和二十年四月三十日をもつて期限としたことは、当事者間に争がないから、その期間の満了に際して、法律の定めるところに又は契約によつて、さらに借地権の設定されたことの主張及び立証のない限り、その時をもつて終了すべき筋合である。被告が同地上に有した建物がこれよりさき昭和十九年十二月三十一日に戦災により滅失したことは、みぎの結果に消長を来すことなく、被告主張の借地権は、地上建物の滅失にかかわらず、前段に説明したところによれば、なお昭和二十年四月三十日まで有効に存続して、そのとき消滅したものであつて、その限りにおいては、物件令第四条第一項の規定の適用を見ないこと、従つて、この規定との関連において後に制定施行された処理法第十一条の規定もまた、援用に値しないことは、まことに原告の主張するとおりである。被告は、昭和十九年十二月三十一日における建物の滅失時において、残存期間四ケ月を存したまま、借地権は、物件令第四条第一項の規定により、その時以後進行を停止させられた旨主張するに止まり、所論は、同令附則第三項の規定を見落しているようであるけれども、該規定の意義については、前段に説明したとおりであり、元来法の遡及力は、明文の規定ある場合に認められることが通常であつて、論理上からも法の制定施行前に発生した効果(本件の場合については、建物の滅失後における借地権の残存期間の四ケ月の経過と、その効果としての借地権の消滅)を無視してまで、法を遡及して適用することは、考えられないのである。

これを要するに、被告主張の借地権が処理法施行時である昭和二十一年九月十五日現在において、十年未満の残存期間を有する旨の被告の抗争は、理由がなく、他に被告が係争土地の占有を権原ありとする何らの主張がないから、被告は、これを原告に引き渡すべき義務があるといえるのであつて、その義務の履行を求める原告の本訴請求は、正当であるから、これを許すこととし、民事訴訟法第八十九条・第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中西彦二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!